大宰府政庁跡は、古代に西海道を統括した大宰府の中枢施設の跡である。大宰府は筑前・筑後など9国と壱岐・対馬・多禰の3島を管轄し、外交と軍事を担い、その権限の大きさから「遠の朝廷」とも呼ばれた。政庁は現在の福岡県太宰府市に位置し、発掘調査により7世紀後半の創建から12世紀まで3期にわたる変遷が確認されている。天慶4年(941年)の藤原純友の乱で焼失したのち再建された。1921年に国の史跡、1953年に特別史跡に指定されている。
太宰府政庁跡
古代遺跡・考古日本
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地図で見る →大宰府政庁跡は、古代に西海道を統括した大宰府の中枢施設の跡である。大宰府は筑前・筑後など9国と壱岐・対馬・多禰の3島を管轄し、外交と軍事を担い、その権限の大きさから「遠の朝廷」とも呼ばれた。政庁は現在の福岡県太宰府市に位置し、発掘調査により7世紀後半の創建から12世紀まで3期にわたる変遷が確認されている。天慶4年(941年)の藤原純友の乱で焼失したのち再建された。1921年に国の史跡、1953年に特別史跡に指定されている。