マジノ要塞(マジノ線)は、第一次世界大戦で甚大な損害を被ったフランスが、ドイツの脅威に備えて1930年から国境地帯に建設した要塞線である。名称は当時の陸軍大臣アンドレ・マジノに由来し、後任の陸相ポール・パンルヴェのもとで完成された。約15km間隔で108の主要塞を配置して地下通路で連絡し、厚さ350cm以上のコンクリートや隠蔽型砲塔で防御されていた。しかし1940年、ドイツ軍は防御の手薄な北方のアルデンヌを経由してマジノ線を迂回してフランスへ侵攻したため、長期にわたり連合国軍を守ることはできなかった。
マジノ要塞
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