東山道武蔵路は、古代律令国家が整備した官道の一つで、上野国から武蔵国府へ南北に通じていた。7世紀に律令制の整備に伴って設けられ、幅約12メートルの直線道路として造成され、両側に側溝を備えていた。当初は東山道の本道の一部であったが、宝亀2年(771年)に武蔵国が東山道から東海道へ移管されると官道から外れ、支路や間道へと格下げされた。府中市や国分寺市、埼玉県所沢市の東の上遺跡などで遺構が発掘され、府中市武蔵台付近は東京都の史跡に指定されている。
東山道武蔵路跡
古代産業・技術日本
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地図で見る →東山道武蔵路は、古代律令国家が整備した官道の一つで、上野国から武蔵国府へ南北に通じていた。7世紀に律令制の整備に伴って設けられ、幅約12メートルの直線道路として造成され、両側に側溝を備えていた。当初は東山道の本道の一部であったが、宝亀2年(771年)に武蔵国が東山道から東海道へ移管されると官道から外れ、支路や間道へと格下げされた。府中市や国分寺市、埼玉県所沢市の東の上遺跡などで遺構が発掘され、府中市武蔵台付近は東京都の史跡に指定されている。