山海関は、万里の長城の東端近くに位置する要塞である。河北・遼寧省境が渤海に接する地にあり、満洲方面から中原へ向かう軍が必ず通らねばならない交通の要衝で、「兵家必争の地」と呼ばれた。西端の嘉峪関とともに長城の要衝とされ、2009年まで近くの「老龍頭」が長城の東端と考えられていた。明代には堅固な守りを誇り、守将であった呉三桂が清軍に投降するまで不落の要塞であったと伝えられる。
山海関
近世遺跡・考古中国1644年
地図で見る →
地図で見る →山海関は、万里の長城の東端近くに位置する要塞である。河北・遼寧省境が渤海に接する地にあり、満洲方面から中原へ向かう軍が必ず通らねばならない交通の要衝で、「兵家必争の地」と呼ばれた。西端の嘉峪関とともに長城の要衝とされ、2009年まで近くの「老龍頭」が長城の東端と考えられていた。明代には堅固な守りを誇り、守将であった呉三桂が清軍に投降するまで不落の要塞であったと伝えられる。