船橋無線電信所跡は、旧日本海軍の無線送信施設である海軍無線電信所船橋送信所の跡地である。日露戦争後に連合艦隊の行動範囲が拡大したことに伴い、千葉県船橋市行田に設置された。無線機器一式はドイツのテレフンケン社製が採用され、施工はシーメンス社に発注されたが、この発注をめぐり海軍高官の贈収賄が明るみに出て、1914年に第1次山本内閣を総辞職に追い込んだシーメンス事件が起こった。1913年に着工したものの、翌1914年の第一次世界大戦勃発でドイツ人技術者が帰国し工事は難航した。太平洋戦争開戦時に真珠湾攻撃部隊へ「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の電文を送信したことでも知られる。
船橋無線電信所跡
近代産業・技術日本1914年
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