日比谷公園は、明治36年(1903年)に開園した日本初の近代的な洋風公園である。もと陸軍の練兵場であった土地に、ドイツに留学した林学者・本多静六らの設計によって整備され、洋風の花壇や噴水を備えた都市公園として誕生した。明治38年(1905年)には、日露戦争を終結させたポーツマス条約が賠償金を得られなかったことに憤る民衆が講和反対の集会を開き、これが暴動化して日比谷焼打事件へと発展した。また明治42年(1909年)には、ハルビンで暗殺された伊藤博文をはじめ、政府や軍の要人の国葬がここで営まれた。近代日本の政治や世論の動きを象徴する舞台となった、由緒ある公園である。
日比谷公園
近代公園・広場日本
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