二〇三高地は、日露戦争の旅順攻囲戦において最大の激戦地となった、旅順港を見下ろす標高203メートルの高地である。旅順要塞の攻略を担った乃木希典率いる第三軍は、堅固に守られたこの高地を奪取するため繰り返し総攻撃を行い、多大な犠牲を払った。明治37年(1904年)11月末からの攻撃で、日本軍は死者約3,150名、負傷者約6,850名にのぼる甚大な損害を出しながら、12月に激しい白兵戦の末に高地を占領した。ここを確保したことで日本軍は高地から旅順港内のロシア艦隊を砲撃できるようになり、これが要塞の陥落とロシア軍司令官ステッセルの降伏へとつながった。日露戦争の帰趨を左右した戦いの舞台である。
203高地
近代戦い・古戦場中国
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