1874年1月14日、東京の赤坂喰違坂で、右大臣・岩倉具視が土佐藩出身の元官吏・軍人ら9人の士族に襲撃された事件。襲撃した者たちは、前年の征韓論政変で西郷隆盛・板垣退助らが下野したことに憤り、政変で征韓論に反対した岩倉や大久保利通を敵視していた。岩倉は襲撃を受けて堀に転落したが軽傷で難を逃れ、犯人らは同月中に逮捕された。9人は同年7月に死刑を宣告され、伝馬町の獄で処刑された。この事件は、明治初期の士族の不満が要人襲撃という形で噴出した例の一つであり、1878年の大久保利通暗殺(紀尾井坂の変)にも通じる政情不安を象徴している。
赤坂喰違の変
近代事件・災害日本1874年
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