薩英戦争は、文久3年(1863年)7月、薩摩藩とイギリスが鹿児島湾で交戦した戦争である。前年の生麦事件をめぐり、イギリスが犯人の処罰と賠償金を要求したのに対し薩摩が応じず、イギリス艦隊が薩摩の汽船を拿捕したことから戦端が開かれた。薩摩の砲台とイギリス艦隊が砲火を交え、イギリス側は艦長を含む多数の死傷者を出し、薩摩側も市街の一部を焼失した。戦後、薩摩は賠償金を支払って講和し、この戦いを通じて攘夷の不可能を悟るとともに、以後イギリスと接近して協調関係を築いていった。
薩英戦争記念碑
近世日本1863年
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