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徳丸が原

近世日本1841年
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徳丸が原
Officeshema~commonswiki / パブリック・ドメイン / Wikimedia Commons

現在の東京都板橋区高島平にあたる徳丸が原で、天保12年(1841年)5月、長崎の町年寄・高島秋帆が幕府の許可を得て行った西洋式砲術・銃陣の公開演習の舞台。秋帆はアヘン戦争で清がイギリスに敗れた事実を踏まえ、火砲の近代化を説く意見書『天保上書』を幕府に提出し、その実演としてこの演習が実現した。筒袖の上衣に裁着袴、黒塗りの円錐形の帽子という西洋式の装いは幕府役人の目に「異様」と映ったが、演習は成功を収め、秋帆は幕府から砲術の専門家として重用されるようになった。老中・阿部正弘からは「火技中興洋兵開基」と評され、その後、江川英龍や下曽根信敦らに西洋砲術を伝授し、高島流砲術として各地の藩に広まっていった。この地の後の地名「高島平」は、秋帆にちなんで名付けられたとされる。

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