対馬占拠事件は、文久元年(1861年)にロシア軍艦ポサドニック号が対馬を占拠した事件である。同年、ビリリョフ中尉の率いるポサドニック号が対馬に来航し、艦の修理を口実に施設の建設を進め、やがて芋崎の永久租借を求めるなど占拠を続けた。幕府との交渉は難航したが、イギリス公使オールコックの助言のもとイギリス東洋艦隊の軍艦が示威行動を行い、ロシア領事の説得もあって、ポサドニック号は同年8月に対馬から退去した。半年に及ぶ占拠は、幕末の対外的危機を象徴する事件となった。
対馬占拠事件
近世事件・災害日本1861年
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