南町奉行所跡は、江戸幕府の江戸町奉行のうち南町奉行所が置かれた場所で、名奉行として知られる大岡忠相ゆかりの地である。大岡忠相は享保2年(1717年)に江戸南町奉行に就任し、八代将軍徳川吉宗による享保の改革のもとで江戸の都市政策や司法に携わった。目安箱への投書を受けて北町奉行とともに小石川養生所の設置に尽力したほか、享保3年から町火消組合を創設し、享保5年には「いろは四十七組」と呼ばれる町火消組織へと再編して江戸の防火体制を整えた。町名主の減員など町政の改革も進め、後世には裁きの名手「大岡越前」として講談などで広く語り継がれた。
南町奉行所跡
近世日本
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