滋賀県高島市安曇川町にある、江戸時代の陽明学者中江藤樹の私塾跡。伊予大洲藩に仕えていた藤樹は、寛永11年(1634年)27歳のとき、母を養うため脱藩して郷里の近江国高島郡小川村に帰り、この地で門人を集めて講義を行った。自宅の庭にあった藤の大木にちなみ藤樹書院と呼ばれるようになり、日本における陽明学の先駆けとして知られ、藤樹自身も「近江聖人」と称された。当初の建物は藤樹の死の半年前に新築されたが、明治13年(1880年)の大火で焼失し、明治15年(1882年)に規模を縮小して再建された。大正11年(1922年)に国の史跡に指定されている。
藤樹書院
近世学校・教育日本
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