岡山藩校跡は、寛文9年(1669年)に岡山藩主池田光政が開いた藩校の跡地である。池田光政は寛永18年(1641年)に熊沢蕃山を招いて花畠会(花畠教場)を設けており、これを前身として正式な藩学を創設した。江戸幕府の湯島聖堂より21年早く開かれた日本最古の藩校とされ、津田永忠らが総奉行を務めた。朱子学を中心に、四書五経などの誦読や講習の合間に武術も学ばせ、藩士の子弟を教育した。篤志の農民の子弟には名字帯刀を許して学ばせる特典もあった。大正11年(1922年)に国の史跡に指定されたが、昭和20年(1945年)の岡山空襲でほぼ焼失した。
岡山藩校跡
近世学校・教育日本
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