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備中松山城

近世城郭日本
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桃山文化の建築
桃山文化の建築
Jogungagon / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

岡山県高梁市の臥牛山に築かれた備中松山城は、仁治元年(1240年)に地頭となった秋庭三郎重信が大松山に最初の砦を築いたのが起源とされる。以後、上野氏・庄氏・三村氏らが城主となり、戦国期の三村元親のもとで大規模な城塞へと拡張されたが、毛利氏に攻められ元親は自害し毛利領となった。江戸時代には池田氏・水谷氏・安藤氏・石川氏・板倉氏と城主が交代し、天和元年(1681年)に水谷勝宗が現存する天守を築いた。標高430メートルに立つこの天守は、現存12天守のうち規模は最小ながら最も高所にある天守として知られ、幕末には無血開城を経て今日まで残る貴重な山城遺構である。

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