堺環濠都市遺跡は、中世に貿易港として栄えた自由都市・堺の姿を伝える遺跡である。堺は日明貿易などで繁栄し、周囲を海と深い堀(環濠)で囲まれ、会合衆と呼ばれる有力商人によって自治的に運営された。来日した宣教師ガスパル・ヴィレラは「ベニス市の如く執政官によりて治めらる」と記し、堺は「東洋のベニス」とも呼ばれた。しかし永禄12年(1569年)に入京した織田信長が2万貫の矢銭と服従を要求し、堺はこれに従って支配下に組み込まれ、翌年には松井友閑が堺政所として派遣された。中世の自治都市から統一権力の支配へ移る過程を象徴する史跡である。
堺環濠都市遺跡
近世遺跡・考古日本1569年
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