吉崎御坊は、本願寺第8世法主・蓮如が文明3年(1471年)に越前吉崎の北潟湖畔の丘上に建立した坊舎である。本願寺系浄土真宗の北陸における布教拠点として設けられ、多くの門徒が集まって寺内町が形成された。しかし文明6年(1474年)と同7年(1475年)に相次いで火災に遭い、蓮如は吉崎を退去した。永正3年(1506年)には朝倉氏によって坊舎が破却され、以後廃坊となった。1975年に国の史跡に指定され、現在は公園として整備されている。
吉崎御坊
中世日本
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地図で見る →吉崎御坊は、本願寺第8世法主・蓮如が文明3年(1471年)に越前吉崎の北潟湖畔の丘上に建立した坊舎である。本願寺系浄土真宗の北陸における布教拠点として設けられ、多くの門徒が集まって寺内町が形成された。しかし文明6年(1474年)と同7年(1475年)に相次いで火災に遭い、蓮如は吉崎を退去した。永正3年(1506年)には朝倉氏によって坊舎が破却され、以後廃坊となった。1975年に国の史跡に指定され、現在は公園として整備されている。