浄妙寺は、文治4年(1188年)に足利義兼を開基、退耕行勇を開山として創建された臨済宗建長寺派の寺院である。当初は極楽寺と称する密教寺院であったが、正嘉年間から正応年間ごろに月峯了然によって禅宗に改められ、足利貞氏の法名にちなんで浄妙寺と改称された。至徳3年(1386年)に足利義満によって鎌倉五山の第五位に定められ、最盛期には23の塔頭を擁した。木造退耕禅師坐像が国の重要文化財に指定され、境内は国の史跡に指定されている。
浄妙寺
中世宗教施設日本
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地図で見る →浄妙寺は、文治4年(1188年)に足利義兼を開基、退耕行勇を開山として創建された臨済宗建長寺派の寺院である。当初は極楽寺と称する密教寺院であったが、正嘉年間から正応年間ごろに月峯了然によって禅宗に改められ、足利貞氏の法名にちなんで浄妙寺と改称された。至徳3年(1386年)に足利義満によって鎌倉五山の第五位に定められ、最盛期には23の塔頭を擁した。木造退耕禅師坐像が国の重要文化財に指定され、境内は国の史跡に指定されている。