後醍醐天皇陵は、軍記物語『太平記』が伝える後醍醐天皇の遺言に基づいて造られたとされる陵墓である。『太平記』によれば、天皇は「たとえこの身は南の山に朽ち果てようとも、魂は常に北の京の空を望み続けるであろう」という趣旨の言葉を遺したとされ、この遺言を反映して、陵墓は通常とは異なり京都の方角である北を向いて築かれたと伝えられている。吉野で南朝を樹立しながらも、最期まで京都への強い執着と無念を抱き続けた後醍醐天皇の心情を象徴する逸話として知られ、南北朝という分裂の時代を体現する存在であった天皇の人物像を今に伝える貴重な史跡となっている。
後醍醐天皇陵
中世宗教施設宮殿・王宮日本
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