女狭穂塚古墳は、宮崎県西都市三宅、西都原古墳群を構成する前方後円墳である。墳丘長176.3メートルは九州地方最大級の規模を誇り、古墳時代中期の5世紀前半に築造されたと推定される。宮内庁により陵墓参考地に治定され同庁の管理下にあるため通常は立ち入れないが、宮内庁の推定では木花開耶姫、一方で仁徳天皇妃の日向髪長媛を被葬者とする説もあり、実際の被葬者は明らかになっていない。北側には墳丘長176メートルとほぼ等しい規模の男狭穂塚古墳が隣接し、両者は西都原古墳群を代表する巨大古墳として、古代日向地方の有力な政治勢力の存在を示す遺跡とされる。
女狭穂塚古墳
古代遺跡・考古日本
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